本紹介 第1回

今回の本:セント=ヘレナ覚書
著者:ラス・カーズ
編訳:小宮正弘
出版社:潮出版社
『セント=ヘレナ覚書』は、スタンダールが著した『赤と黒』の中で、主人公のジュリアン・ソレルが何よりも愛した著作であったことから、私の中では伝説化したものである。

ジュリアン・ソレルが彼の野心の原動力としたように、この本からは、歴史の頂点に登り詰めた男の晩年の姿に迫ることができる。彼の思考や決断がどういったものだったかをくまなく調査し、ジュリアンのように自らの野心の助けにすることもできるだろう。

ナポレオンは、とにかく情報を取り入れ、それを深く考察し、判断を下すのが好きな男である。この『セント=ヘレナ覚書』の中でも、余すことなくそれが行われている。
We received newspapers down to the 15th of September; and they became the subject of conversation. The Emperor analyzed them. The future appeared enveloped in clouds. “However,” said the Emperor, “three great events present themselves to the imagination;—the division of France, the reign of the Bourbons, or a new dynasty. Louis XVIII.,” observed he, “might easily have reigned in 1814, by rendering himself a national monarch.”
日本語訳
私たちは9月15日までの新聞を受け取り、それらが会話の話題となった。皇帝は新聞の内容を分析した。先行きは雲に覆われているようだった。「しかし」と皇帝は言った。「大きな成り行きとして、三つのことが考えられる。フランスの分割、ブルボン家による統治、あるいは新たな王朝だ。ルイ18世は」と彼は述べた。「国民の君主となることで、1814年には容易に統治を続けられたはずだ。」
ラス・カーズ『Memoirs of the Life, Exile, and Conversations of the Emperor Napoleon』第1巻、1836年版、p.257。英語原文(Project Gutenberg)
つまり、この世界を自らの足で歩きたいのなら、何よりも情報を取り入れろ。ただ入れればいいのではない。そんなものは紙屑の役にも立たない。それをとことん自分の中で消化して、そして言葉として定義しろということだ。
それが間違っていようが、どうでもいい。
ナポレオンも、言っていることが自分本位であったり、不明瞭であったりすることが多い。だが、彼はとにかく判断を下し、そして行動するのだ。
そもそも、人生に正解などないのだ。そして、あなたはあなたの思考と判断でしか、あなたの人生を歩めないのだ。
つまり、自らが腑に落ちる回答こそが、あなたの人生を導くのだ。
ナポレオンのような独裁者にならずとも、私たち人類は、変わらず上昇志向の渦の中にいる。それはナポレオンの時代よりも、もっと加速していると言えるだろう。
ナポレオンは非常によく読書をした。彼はセントヘレナ島への航行中でも、それに関係する情報をくまなく集めたようだ。

He could not sleep, and frequently rose in the night. Reading was his chief occupation. I was sent for almost every morning, and translated from the “Encyclopædia Britannica,” and such other books as were on board, whatever they contained relative to St. Helena, or the countries near which we were sailing.
日本語訳
彼は眠ることができず、夜中にたびたび起き上がった。読書が彼の主な日課だった。私はほとんど毎朝呼び出され、『ブリタニカ百科事典』や船内にあったほかの書物から、セントヘレナや、私たちがその近くを航行していた国々に関する記述を、すべて翻訳した。
ラス・カーズ、同書第1巻、p.60。英語原文(Project Gutenberg)
日本語版の『セント=ヘレナ覚書』は、膨大な量の原著を抜粋したものである。訳者の努力は凄まじいものであるが、残念ながら、原著の持つドラマ性が失われ、内容もわかりにくいものとなっている。
ラス・カーズは、初めに語っているように、セントヘレナでのナポレオンの日々を余すことなく書き記そうとしたのだ。

It is my intention to record daily all that the Emperor Napoleon did or said while I was about his person; but, before I begin my diary, I hope to be excused for offering a few preliminary remarks, which may not be altogether useless.
日本語訳
私は、皇帝ナポレオンのそばにいた間、彼が行ったことや語ったことのすべてを、日々記録するつもりである。ただし、日記を始める前に、多少なりとも役に立つであろう、いくつかの前置きを述べることをお許しいただきたい。
ラス・カーズ、同書第1巻、Introduction(序論)。英語原文(Project Gutenberg)
著者は、セントヘレナへと向かう船の出港時から、ナポレオンに付き従っている。
つまり、この本は単なるナポレオンの膨大な口述資料であるだけでなく、歴史の終幕のドラマをも必然的に描くことになっているのだ。

ただ、入門として、気になった箇所を軽く読むには最適だと言えるだろう。
その次には、オンラインで英語版とフランス語版のどちらも読むことができるので、ぜひ目を通してもらいたい。
英語引用の日本語訳は本記事用に作成したもので、小宮正弘編訳の日本語版からの引用ではありません。